西野亮廣が、ブロードウェイの共同プロデューサーを「一口馬主」という言葉で片付けてしまう日本人の稚拙さについて一言!

2026年06月21日

書いた人:西野 亮廣 公式LINE

※この記事は、2026年06月19日に掲載された「GOETHE」(幻冬舎)の記事より一部転載しています。

「現場のお金の話」を届ける

 
先日、普段オンラインで開講している『キンコン西野の親子で通うお金の学校』を、初めてオフラインで開催しました。
 
会場は「河口湖 音楽と森の美術館」です。
 
挑戦を重ねる中で痛感するのは、人生の選択肢を広げるのも、夢の実現を後押しするのも、その多くが「お金に対する理解」に支えられているということです。
 
逆に言えば、お金に関する知識や感覚の不足が、可能性の芽を摘んでしまう場面も少なくありません。
 
それもあって、子供たちはもちろん、その子供たちを育てる親御さんにも、一般的な学校では教えてもらえない「現場のお金の話」を届ける活動を続けています。
 
お金は人生の目的ではありませんが、自分の意思を社会の中で形にするための重要な道具だからです。
 
 

「知識」や「仕組み」には、「好き/嫌い」とは別の評価軸がある

 
その一方で、少し気になっていることがあります。
 
日本では、ときに人物への好き嫌いが先行し、その人物が用いている手段や仕組みそのものまで否定の対象になってしまうことがあります。
 
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉が示す通り、評価されるべき「方法論」まで感情によって切り離されてしまう。
 
しかし、「知識」や「仕組み」には、本来、「好き/嫌い」とは別の評価軸があるはずです。
 
(続きはこちらから【連載『革命のファンファーレ』から『夢と金』】

西野亮廣が、ブロードウェイの共同プロデューサーを「一口馬主」という言葉で片付けてしまう日本人の稚拙さについて一言!

https://goetheweb.jp/person/article/20260619-nishiino-252

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