西野亮廣が生んだ当初、歓迎されなかった『えんとつ町のプペル』がなぜここまで大きくなれたか? 日本人の多くが知らないIPの育て方について

強いIPは、植えたからといってすぐには育たない
『えんとつ町のプペル』が10周年を迎えました。
「10周年」に合わせたわけではないのですが、今年は特に、いろんな企業さんやメディアからコラボレーションのご相談をいただいています。
先日の東京国際フォーラムで客席を眺めた時も、そして先日発表された大きなコラボレーション企画(マクドナルドのハッピーセットに、プペル登場!)を前にした時も、「10年続けてきたからこそ、見える景色がある」ということを強く感じました。
どれも、1年目や2年目では決して浮上しなかった話です。
なので、時々耳にする、「いつまでプペルに、しがんでるんですか?」という言葉を聞くたびに思うのですが、もし、あの言葉に従って途中で手放していたら、この景色は、永遠に存在しなかった。
そして、その「たしかに、もう次へ行くべきかもしれない」と思わせる空気が、これまで数え切れないほど多くの可能性を摘み取ってきたのだろう、と。
IPは、これからの日本において最も重要な産業の一つです。
それにもかかわらず、日本では肝心の「IPの育て方」が、まだ十分に共有されていない。
今日のテーマにありますが、日本人は全員「桃栗三年、柿八年、キャラクターIP二十年」という感覚を持った方がいいと思っています。
桃や柿が植えた翌年に実をつけないように、強いIPもまた、植えたからといってすぐには育ちません。
物語は作品を積み重ねることで育ちます。
キャラクターはファンと時間を重ねることで育ちます。
それらが、本当の資産になるのは、世代を超えて受け継がれた時です。
にもかかわらず、たった二、三年程度で「まだそれをやってるの?」という空気が生まれてしまう。
もちろん、その一部は嫉妬からくるものです。
ですが、とくにオジサン達は、自分が嫉妬していることを全力で隠し、もっともらしい理屈を作ります。
「もう旬は終わった」
「次へ行くべきだ」
「それでは広がらない」
といった。
それらの理屈は、一見すると冷静で合理的に聞こえます。
けれど、そのタイムスケジュールでは、本来育つはずだったIPは、途中で刈り取られてしまいます。
幸い、僕は「知るか」で突き進める性格でした。
でも、多くのクリエイターは繊細です。
だから今日は、今まさに「まだそんなことをやっているの?」と言われている誰かに向けて、この話をしています。
(続きはこちらから【連載『革命のファンファーレ』から『夢と金』】)
西野亮廣が生んだ当初、歓迎されなかった『えんとつ町のプペル』がなぜここまで大きくなれたか? 日本人の多くが知らないIPの育て方について
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